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過去に執筆した記事のアーカイブです

花はいつも、ちょっぴり照れくさい〜画家の福田良輔さんを訪ねて〜

 その日は、旧・名古屋税関港寮で滞在制作を行う福田さんの取材日。彼の部屋を訪ねると、油彩でキャンバスに描かれた絵画がいくつも壁に立てかけられていた。その多くが紫を基調とした背景で、中心に大きくピンク色のチューリップが描かれている。しかし福田さんに訊くと「これはチューリップのつもりはなくて、僕の花のイメージなんです」と答えてくれた。なんでも、母との関わりの中で花と接する機会が多くなり、モチーフにするようになったそう。「俺が花の絵を描くなんて思ってもみなかった」と照れくさそうに言う姿に思わず頬が緩んだ。

花はいつも、ちょっぴり照れくさい。母に渡すにも、恋人に渡すにも、少し勇気がいる。生きている人ばかりでなく、お墓参りで祖父母の花を替える時もなんだかそわそわする。たぶん「あなたのことを想っています」という感情が、目に見えるかたちではっきりと現れてしまうからだ。

ふと、部屋の隅に置かれたテーブルを見る。色とりどりの春の花が並び、小さな植物園のようになっていた。「それ、NUCOに寄っていつも買うんです。」そう答える福田さんの声はなんだか嬉しそうだった。もういちど福田さんの花の絵をじっくり見る。この人の生活には、花が深く根付いている。なんだかそれが、ちょっとだけ羨ましい。そういえば来月は母の日がある。僕もちょっぴり背伸びをして、花束を買ってみよう。(ポットラック新聞 かわら版53号に掲載)

おんがくの起源

覚えているのは、中学生の秋。体育館で聴いたカルテットが胸の内に眠っていた何かを呼び覚ました。僕は部活終わりのヘトヘトの体に鞭を打って帰宅すると、父の書斎に飛び込んだ。埃を被った大量のレコードとCD。「とにかく、歌がない音楽を聴きたい」そんな衝動に駆られながら見つけたのは、フジコ・ヘミングの『奇蹟のカンパネラ』。CDプレイヤーもレコードプレイヤーも処分されていたので、僕はPS3にディスクを入れて「動いてくれ…」と天に祈った。それが、初めて自分でCDを再生した瞬間だった。学ランを着たままPS3ショパンを流して、Tパックの紅茶を飲む…今考えるとずいぶん滑稽なエセ貴族だが、少しだけ大人になった瞬間でもある。もう、昔の話だ。

10年の時を経て今では、クラシックやジャズ、現代音楽のコンサートにも行くようになった。僕はラ・ラ・ランドのセブみたいにネクタイを締めて、時には赤絨毯の劇場へ、時にはフローリングのBarへ吸い込まれていく。そして今でも、iPhoneで『奇蹟のカンパネラ』を聴いている。(ポットラック新聞 かわら版に掲載)

猫窓と消えた少年

 土曜市の前夜。猫と窓ガラスに向かう僕たちの足取りは風のようだった。明日に向けた、部活の試合前のような期待と不安がそうさせたのか。それとも晩酌の淡い誘惑か。とにかく二人は颯爽と扉を開け、弾む息遣いでビールを注文した。これから、夜が始まるのだ。

キャプテン翼って知ってる?」話を切り出したおじさんは高校時代、生粋のサッカー少年だったらしい。Jリーグ元年、サッカー選手という新しい夢が誕生した栄光の年。おじさんは地元のサッカー少年を率いて、Jリーグユースと対決した。「それで、引き分けたんだよ」そのエピソードに胸が熱くなった。

青春時代の話をするとき人は、わずかに若返る。眠っていた記憶が蘇り、若い感性が目に光る。僕は思い出話を聴くのが好きだ。若返ったおじさんと、同級生になった気持ちになれるから。

店を出た。冷たい風に打たれて酔いが覚める。そして、ゆっくりと大人に戻っていく。「俺、事務所寄ってくわ」おじさんは夜に消えた。僕は夢から覚めたように駅へと向かった。(ポットラック新聞 かわら版に掲載)

メリー・トム・ハンクス

 「クリスマスは何の映画を観るか」それが問題だ。ポットラックビルでの勤務中に僕は、その設問に頭を悩ませていた。毎年クリスマスはでかいチキン、うまいケーキ、上質なラム酒に、最高の映画で祝う。年に一度の祭りを成功させるには、映画は非常に重要だ。クリスマス映画である必要はないが、まあまあ笑えていい感じに泣けてちゃんと面白くないといけない。そうするとなぜか、トム・ハンクスが出ている映画に落ち着く。今年はどのトム・ハンクスにするか…去年はフォレスト・ガンプだったから…うーん。ふと窓の方を見ると、大きさは柴犬以上ラブラドール未満くらいの黒い犬が飼い主を振り切り、今にもビルに入ろうとしていた。犬だ!犬…犬?そうだ、ターナー&フーチ/すてきな相棒(トム扮する潔癖症警官とボルドー・マスティフ犬のドタバタコメディ)を観よう!ありがとう、名も知らぬ犬よ。彼(彼女)はちょとだけビルに入り、しばらく座り込むと、何事もなかったように帰っていった。メリー・クリスマス。僕はそのお尻にウインクをした。(港まちポットラック新聞 かわら版に掲載)

金沢21世紀美術館・監修 『押忍!手芸大図鑑』(本の紹介記事)

 こちらは『押忍!手芸部と豊嶋秀樹「自画大絶賛(仮)」』という展覧会をまとめた本です。文字通り手芸作品の展示なのですが、その実態はフランケンシュタイン博士さながら、手芸で新しい生き物をつくる試みと言えるかもしれません。ぬいぐるみと呼ぶにはあまりにユニークな、布と糸から作られた摩訶不思議な生き物たち…ここでは勝手に”布妖怪”と呼ぶことにします。

本を開くと、布妖怪たちが動物の図鑑のように14種類に分類。「巻きぐるみ」「靴下猿」「て・ぶく郎」など、名前だけで興味をそそられる珠玉の布妖怪たち。なかでも僕のお気に入りは「ロボぐるみ」。こちらは電池で動く犬のおもちゃの布部分を作り直すことから始まったそう。なので、動きます。種類も様々で、ロングソックスを首に使っためちゃくちゃ首の長いネズミや、シュシュのようなもので羽を生やしたトロピカルな鳥など。どうやって動くんだろうと妄想が膨らむ面々がずらり。図鑑にはユニークな布妖怪たちが100種類以上もいますよ!

血と破壊と死の女神とのランチ

空は晴れやかだ風は止んでいる。この俺を阻む存在は何も無い。そう、今日は絶対にカレーを食べたい日。俺は自転車に跨り海の方角へ漕ぎ出した。ドルーガ2号店へと入り手早く注文を済ませる。詩集を開き料理を待つのみだ。

眼前にカレーが置かれる。スパイシーなカレーと焼き立てのナンの香りが混じり合い、鼻腔を駆け抜け脳へとズドン。これだ…。日本よ、これがカレーなんだ。

半分ほど食べ終え、何となく店内のポスターを見た。

え?すごい。白虎に乗ってるインド神いる!調べてみると「ドゥルガー」というヒンドゥー教の女神で、血と破壊・死の女神らしい。

インド神話大戦争でめっちゃ強い魔神に対抗すべく生まれた最強の女神。敵を殺戮!魔神を串刺し!野獣の生贄をいっぱい求める。代わりに信仰者を困難から救ってくれる。何か、めっちゃ辛いけど美味しいカレーみたいだな。今度、インド神話を詳しく調べてみよう。

それにしてもドゥルガードルーガ、よく似ている。会計は1300円。ランチにしてはピリ辛な値段だった。(港まちポットラック新聞 かわら版掲載)

オーバーラップの船溜り

 音を探し歩いていたある日、通りがけの橋でギョッとした。不穏な波の音だ。

そこは放棄された船溜りだった。一方は海、他方はコの字型に防潮壁が建てられ、内側の岸から橋が伸びて船着き場が築かれている。

立て続けに押し寄せる波。3つの壁に衝突し、音が一つの地点で収束する。そこがまさに橋の上だった。

夜、車通りが少ない時間に再訪。月光がうねる波と朽ちた橋を怪しく照らす。目が離せなくなり、自己の境界線が海へと溶け出していくような感覚を覚えた。そして、静かに波を聴く。

底知れぬ海が迫り来るようだ。沖を漂う者たちは、こんなにも恐ろしい音を聴いているのか。重なり合った波の音は、大いなる自然「海」の恐怖、そしてそこに漕ぎ出していく人々の勇猛さを、心に響かせた。(ポットラック新聞掲載)